初花月に

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...... 2016年12月15日 の日記 ......
■ ブリキの太鼓V   [ NO. 2016121501-1 ]


 小説『ブリキの太鼓』の第三部では、第二次大戦の終結後、再び成長し始めたオスカルが西ドイツへ移住したあとの物語が書かれている。(ドイツ再統一は1990年)

 あらすじは、小学館文庫第三部の裏表紙の説明によると、
”敗戦後の青年たちに混じってオスカルも石工、美大のモデルをしながら青春を謳歌する。白衣の天使への満たされぬ恋情、やがて得る太鼓叩きの名声。だが財を成しても治まらぬ悪意は新たな殺人事件を呼び起こす。主人公オスカルの狂気じみた30年の半生を太鼓にのせて語る、死者のためのレクイエム・・・”
 また
新訳『ブリキの太鼓』感想: ドイツ語モード
http://doitsugo-mode.cocolog-nifty.com/blog/2010/05/post-7ee0.html
によると、
”戦争が終わり、マリーアの姉を頼ってデュッセルドルフに行く。オスカルはそこで墓石会社に入り彫刻の勉強をする。その後美術学校のヌードモデルにスカウトされ、オスカルをモデルに描いた絵が評判になる。
 その絵がもとでマリーアとの間に悶着が起き、別々に暮らすことに。引越し先の先住人のクレップと一緒に、ジャズバンドを始める。ジャズバンドをやめた後も、太鼓の演奏でレコードまで出し、成功を収める。
 犬を連れて散歩に出かけたオスカル。犬がどこからか人間の薬指をくわえて持ってきた。その様子をヴィトラールが見ていた。
 ある日、「成功なんかもうたくさん」と言ったのを、「自分こそ新聞に載るような人間になりたいのに」とヴィトラールに咎められる。「だったら、薬指を持って警察に行け」。ヴィトラールはそのとおりにし、オスカルは殺人の疑いで逮捕される。
 そして30歳の誕生日の当日、真犯人が判明。さて、これからどうしようか、というところで物語は終わる。”

 どちらにも書かれていないが、戦後21歳で再び成長を始めたオスカルの身体がどうなったかというと、身長は120cmほどまでしか伸びず、背中に大きなこぶのようなものができてしまった。オスカルの成長は不完全なものに終わった。

 ところで作者のギュンター・グラス氏は大江健三郎氏に宛てた書簡で「親愛なる友よ、私たちはますます老いていきながらも、なお焼け跡の子どものままです」と呼びかけている。戦争の体験、反戦・反核といった思想が二人の作家を結び付けていた。
 けれど焼け跡から這い上がって生きてきたわけではない、戦争を全く知らない者には、戦争の狂気や悲惨さなどについて、どんなに言葉を尽くして説明されても、実感することは難しい。
 グラス氏は自伝的作品である『ブリキの太鼓』の、彼の分身とも言える主人公オスカルに、そんなことを語らせようとしたのではないと思う。ダンツィヒで暮らした頃、自分の庇護者である両親を含めて親しい人々を亡くし(その死の原因は主にオスカル自身なのであるが)、戦争で故郷を失い、成長することを余儀なくされたオスカルが、普通の大人として普通に生きていくことは想像し難く、不完全な成長というのは自然な成り行きだったと考えられる。

 また、オスカルは”黒い料理女”を恐れている。これはオスカルが誕生以来抱き続けてきた「現実」に対する存在不安だ、という説がある。
 そうだとすれば、ダンツィヒでは子供に偽装し、戦争の暗黒の時代でさえ子供の立場を遺憾なく利用し、ブリキの太鼓と硝子を砕く叫び声を武器にして生き延びたオスカルであるが、最早それもできず、大人として戦後の見知らぬ土地で現実世界に向き合うことが、彼にはたまらなく恐ろしいのだろう。
 オスカルは身長が94cmだった頃をしばしば懐かしむ。殺人の容疑で逮捕され、精神障害者と見なされて入院させられても、彼はむしろ病院での生活を楽しんでいる。そこは彼にとって”黒い料理女”に脅かされないセーフゾーンなのかもしれない。マリアや弁護士らが彼のために奔走する様子を他人事のように眺めながら、オスカルは看護人に買ってこさせた原稿用紙に自分の半生をつづる。それは1899年の祖父母の出会いに始まる、映画で描かれた物語である。
 しかし、その安寧は破られる。30歳の誕生日に殺人事件の真犯人が判明する。やがてオスカルは裁判で無罪になり、病院を追い出され、”黒い料理女”が待ち受ける現実世界に投げ込まれるだろう。

 ”黒い料理女”とは、オスカルが子供に偽装しブリキの太鼓に執着したせいで多くの人々の死に加担したことへの罪悪感であるとか、作者グラス氏の心に戦争が残した傷や影であると考えることもできる。

 「黒い料理女はいるかい?いるいるいる!おまえが悪い。おまえが悪い。おまえがいちばん悪いんだよ。黒い料理女はいるかい・・・・・・」

 残念ながらグラス氏は故人であるため、尋ねるわけにもいかない。
 「黒い料理女はいるかい」という童謡か民謡のようなものが実際にあるのか調べてみたけれど、まだ見つかっていない。なので、↓の動画を紹介して終わりにしようと思う。

Blu-ray『ブリキの太鼓 ディレクターズ・カット』30秒CM
https://www.youtube.com/watch?v=6XuUhw9dYSk

(画像は映画のラスト、祖母との別離のシーン)







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